米軍が愛飲するエナジードリンク
マシュー・ライカー二等軍曹が率いる部隊がアフガニスタンの砂漠の真ん中で立ち往生をしていました。すでにチョッパーから降下して30時間以上が経過していました。当初は短期空襲作戦と思われていたが、期せずして敵地に向かうために30時間も費やす過酷な作戦となったのです。すでに携帯していた水や食料は無くなり、寝ることも出来ない環境で士気は非常に低くなっていました。当時の状況を彼はこう述べます。
「砂嵐に直面し、地獄のような暑さと混乱のなか物資を失ってしまった。すべてが滅茶苦茶になってしまった」
彼らが他の部隊と接触する数時間前、それは最も辛い時間でした。その中で部隊の一人が躊躇しながら「自分は少し規則違反を行った」と話し始めたのです。その内容とは本来必要な物資の代わりにRip Itを6本、バッグパックに隠していたという内容でした。ライカ―は続けます。
「地獄のような暑さの中、確かにそれは規則違反だったが私は怒ることなどできなかった。あの辛い残り数時間で私たちが手に出来た唯一のものだったのですから」
Rip itは以前は決して有名な飲み物ではありません。しかし現在ではモンスターや、レッドブル、ロックスターなどのマーケティングに優れた会社が取り扱うエナジードリンクが並ぶ棚の中、Rip Itもまた遜色なく陳列されています。
ともすれば安売りされ埋もれてしまう可能性もあったRip It、競合ひしめくエナジー飲料の世界を生き抜いたのには理由があります。お分かりの通り、21世紀の軍事文化というニッチ層をつかんだのです。
ライカ―の任務は2010年の頃、すでにRip Itは彼ら軍隊の中で一般的で、それは2000年代のアフガニスタンやイラクでのキャンペーンの実施で成長してきました。今でもその人気は衰えず、ライカ―は控えめに言っても4分の3以上の軍人、特に中東で任務にあたる彼らの間では定期的に飲まれているものだと述べています。
「中東で任務に就いた軍人でRip Itを飲んだことが無いなんていうやつがいたら、そいつは嘘つきだな」とライカ―は言います。
兵士の中では時に「クラック」と呼ばれるRip It。それは水の代わりにキャメルバック(水分補給バッグ)にRip Itを入れて飲み、カフェインに酔いしれながらおしゃべりに興じるからという半ば冗談のような話があったりするからでしょうか。
たった一つの銘柄のエナジードリンクだけが中東紛争の間、これほどアメリカ軍の間で流行るとは誰が予想できたでしょうか。しかしそれは現実にその通りになっています。
Rip Itとはどんな飲み物?
成分としてはタウリン、100mgのカフェイン、イノシトールおよびガラナ趣旨エキスからなる基本的なエナジー飲料です。フレーバーとしてはブドウ、かんきつ類、ココナッツマンゴー等、実に15種類が存在し、シュガーフリーのものもあります。国としては当初、軍として予算を割いておらず、1缶当たり1ドルの費用が掛かるため、ほとんどの場合、棚でほこりをかぶるような飲み物でした。
しかしその後流行に敏感なNational Beverage Corp.に所有されると状況は一転します。同社は2004年ごろから世界中のアメリカ軍の軍事施設、特に中東でのエナジードリンクの提供を行う契約を結び、Rip It のブランドイメージを築いていきます。Rip itのソーシャルメディアのプロフィールには兵士の写真を載せ、迷彩色の缶を製造し、宣伝用の資料やバナー広告に軍事慈善団体ということを誇らしげに掲げました。
軍の売店で購入可能な事に加え、兵士には無料で提供されます。一人また一人と需要は増え、そして需要の増加によって食料や、水、弾薬と共に運ばれる物資の定番となっていったのです。
ライカ―もまたその一人で無料であったから特に複雑な理由もない、Rip Itというエナジー飲料を選んだだけだと述べています。
味はどんなもの?
2006年から2014年にかけて海兵隊に従事し、イラクで2回、アフガニスタンで1回の任務をこなしたダニエル氏(名字の記載は本人が拒否)。
最初にRip Itを飲んだ時は定期的に飲みたくなるとは夢にも思わなかったという。最初に飲んだ時の感想は「神よ、なんて酷い」だったようです。つまり酷く不味いということでしょう。しかしそのうち、その味にすぐに慣れたとも語っている。
もちろん兵士であるダニエル達海兵隊には無料で提供されるため、お金を支払って購入する必要はありません。仲間とパトロールに出かける時には大量のRip Itをクーラーに投げ込み持っていくのが当たり前になっており、特に若い海兵隊の兵士の間ではこの飲料を飲むことが流行っていたので、一部では好んで飲む彼らの静脈には血の代わりにRip Itが流れているというジョークまでささやかれました。Xserver Business
軍とカフェイン
アメリカ軍が戦場でカフェインを摂取するのは中東での戦いが初めてではもちろんありません。カフェインと戦争は密接に関係しています。歴史家の研究によって南北戦争時代の手紙には「弾丸」や「母」という言葉よりも、「コーヒー」について言及している兵士の手紙が見つかっています。兵士は一般的に中毒性のある人格を持つ傾向があるといわれています。タバコや入れ墨、アルコール。戦場ではもちろん、アルコールを摂取するわけにはいきませんから、その代替としてのコーヒーに含まれるカフェイン。そしてRip Itは21世紀のコーヒーに代わる戦場での定番となったと言えるでしょう。
カフェインのようなエネルギーを摂取することは重要な事です、それは戦場での兵士の退屈や鬱屈を和らげてくれます。しかし過剰に摂取することは控えなければいけません。何事もそうですが、摂取しすぎることでパフォーマンスに影響を与える深刻な健康被害につながる可能性があるからです。Rip Itの有名な健康被害としては下痢が指摘されています。軍もまたこれは把握しているところですから、兵士の間でのカフェイン、エナジードリンクの過剰な接種については目を光らせています。また2009年から2013年に渡り海軍の医師として勤務したKurt Eifling博士はこんな意見も述べています。
「エナジードリンクの過剰な接種が身体に影響を及ぼす例は稀ではあります。しかし過酷な環境で脱水症状に見舞われたときにエナジードリンクを摂取することは、水分の補給を行うという意味では助けにはなりません。心に作用する飲み物ですから、エナジードリンクではなく十分に水を飲む必要があります」
つまるところ水分の補給にはならないわけで。
ライカ―はRip Itの利点をこのようなジョークで伝えています。Rip Itを飲むのは便秘の時に限る。実際は酷い事なるかもね、と。
出典:How an Energy Drink You’ve Never Heard Of Took Over the US Military